六気の治療

私は1990年東洋鍼灸専門学校3年の時に生涯の師と仰ぐ八木素萌先生に出会いました。八木先生は日本の古典鍼灸の世界では知らぬもののない人物であり、当時はたまたま東洋鍼灸専門学校の講師をも務めておられたのです。当初は教師と学生としてのお付き合い。やがて八木先生が主催する研究会「漢法苞徳塾」(現・漢法苞徳会)の会員として親しくご教授頂くこととなりました。

解説


八木先生が研究なさっていたのが、古代から中世にかけて中国鍼灸界で行われていた「六気の治療」です。 六気の治療とは一年間を6つに分けた時間軸の中に五行の盛衰を規定した上で、その観点から病症を観察し、選経と選穴の鍼灸治療を展開していくものです。
 

其の気、何月を以て各々王すること幾日ぞや。然るなり、冬至の後、甲子を得て少陽王す、復た甲子を得て陽明王す、復た甲子を得て太陽王す、復た甲子を得て太陰王す、復た甲子を得て少陰王す、復た甲子を得て厥陰王す、王すること各々六十日、六六三百六十日を以て一歳と為す、此れ三陽三陰の旺日の大要なり。」:『難経』七難

「初の気は、地気遷(ウツ)りて・・・ 二の気は、陽すなわち布(シ)き・・・三の気は・・涼すなわち行り、・・・ 四の気は、寒雨降り、痛めば暴(ニワカ)に仆(タオ)れ・・五の気は、春令反(カエ)って行り、草すなわち生栄し、 ・・・終の気は・・・」:『素問』六元正紀大論篇第七十一

「診病の始め、五決を紀となす。其の始めを知らんと欲すれば、先ず其の母を建つ。いわゆる五決なる者は、五脈なり。・・・「建」とは、建立する、あるいは確立するという意味。「母」とは、そのときに対応する旺気のことをいう。「先ず其の母を建つ」とは、先ず確実にそのときに対応する旺気を知って、その後に邪正の気を求めてゆくことを意味する。(林億註):『素問』五臓生成篇第十


「初之気 大寒より春分・・大敦を刺す   二之気 春分より小満・・少衝を刺す 

 三之気 小満より大暑・・中衝を刺す   四之気 大暑より秋分・・隱白を刺す 

 五之気 秋分より小雪・・少商を刺す   終之気 小雪より大寒・・湧泉を刺す」

                            :『儒門事親』巻之10


  こうした古典の諸編を読むと、古来鍼灸では一年を六気に分けて治療していたこと。その分類は
  • 初之気:大寒(1/20)~ 春分(3/20)
  • 二之気:春分(3/21)~ 小満(5/20)
  • 三之気:小満(5/21)~ 大暑(7/22)
  • 四之気:大暑(7/23)~ 秋分(9/22)
  • 五之気:秋分(9/23)~ 小雪(11/21)
  • 終之気:小雪(11/22)~ 大寒(1/19)   ※日付は平成30年大寒から31年の大寒の前日まで。
であることがわかります。


 それぞれの気に旺気するべき臓を最上位に置いて循環していくのが六気の理論であり、それを図表化したものが以下の表です。




 常にこの表を座右に置き、今現在の六臓六腑の位置を確かめながら選経と選穴を行っていきます。 この図表の最大の意義は経絡は季節によってその役割を交代しながら循環していると言うことです。 そのことを正しく理解することで、本当に効果的で良い鍼灸治療となっていくのです。


『素問』・『霊枢』・『難経』・『傷寒論』といった原典諸編では繰り返し、季節による脈状の違いや選経選穴の違いについて書かれています。しかし現代では日本はもとより中国でもそうした記述は鍼灸医達からは顧みられることはなくなり、ひたすら中医学的な問診や日本的な腹診脈診からのみ、治療法が決められているのが現状です。日の浅い病であれば、それで問題は有りません。


しかし長い間患っている、或いは毎年同じ季節になると同じ症状が現れる・・・これは一体何なんだ?というような病気にはこうした「タイムラインの上で病気を診る」という治療がとても効果的なのです。そして『素問』・『霊枢』・『難経』といった原典を読めば読むほど、季節による体の変化とそれに対応した治療こそが漢法医学の根幹であるという確信は深まるばかりです。原因不明の現代病がはびこる今日においてこうした経絡本来の生理を重視する「六気の治療」は今後益々その価値を高めて行くであろうし、又そうなるよう研究を進めていかねばならないと感じています。


適応疾患

 
神経系 神経痛(三叉、肋間、座骨等)頭痛、歯痛、ヘルペス(及びその後遺症)、顔面神経麻痺、自律神経失調症、うつ病、不眠症、メニエル症、めまい、しびれ
運動器系 五十肩、むち打ち症、頸肩腕症候群、肩こり、寝違い、腰痛症、ギックリ腰、椎間板ヘルニア、変形性膝関節炎、リウマチ、筋肉痛、捻挫、テニス肘、腱鞘炎、外反母趾
消化器系 胃炎、胃下垂、胃・十二指腸潰瘍、慢性肝炎、胆石症、口内炎、慢性腸炎、便秘、下痢、痔
循環器系 高・低血圧症、動脈硬化、心臓神経症、動悸、むくみ、冷え性、不整脈
代謝障害 糖尿病、甲状腺機能障害、痛風、脚気
呼吸器系 風邪、気管支炎、喘息、咽頭炎、扁桃炎、咳
泌尿器系 慢性腎炎、ネフローゼ、膀胱炎、前立腺肥大、陰茎
感覚器系 眼精疲労、仮性近視、白内障、緑内障、飛蚊症、鼻炎、耳鳴り
婦人科系 生理痛、生理不順、更年期障害、つわり、不妊症、冷え、のぼせ
小児科系 虚弱体質、小児喘息、アトピー性皮膚炎、夜尿症、かんのむし
その他 アレルギー、花粉症、じんましん、脱毛症、慢性疲労